2013年03月

2013年03月12日

退院1週間後の診察

3月12日
退院1週間後の診察です。
手術創の跡は問題なく、透明のテープをはがしてもらいました。
これまで、シャワーだけでしたが、お風呂に入ってもよいということになりました。
再建の出来上がりは上々で、左右の大きさが均等になって調子いいです。上の内側に少しリップリング(皮膚が波打った状態)がありますが、皮膚がうすいので出るようです。
今後、3ヶ月に1回血液検査、エコー検査、年に1回骨密度の検査、マンモグラフィー検査などで経過観察することになりました。血液検査で総コレステロールがかなりな異常値なので、善玉悪玉コレステロールも測ってほしいと言いましたが、検査し過ぎが問題となっているそうです。
マンモグラフィーでは、石灰化だらけでいつも結果がややこしいから、MRIもお願いしたいと言いましたが、これもエコーとマンモグラフィーで様子を見ることになりました。
しかしながら、これまで半年に一回検査していながら、見つかったのは自己検診の触診で、2cm以上の大きさになっていて、多発も認められ、微小リンパ節転移もあったので、あのときMRIを一発とっておけばもう少し早く見つかったのではないかという思いがあります。
次回は1ヶ月後ぐらいに診察ということになりました。

外来化学療法のお部屋、処置室の看護師さんのところに顔を出しました。山の中にあるラーメン屋さんの話しとかツーリングのこととかいろいろお話ししました。次の診察はいつかと聞かれ、来月になると言いましたら、その看護師さんは3月いっぱいで退職されるとのこと。化学療法のときには、看護師さんのはげましのおかげで乗り切ることができ、本当にお世話になった方ですので、もう会えないかと思うととても残念でした。
おととし、化学療法の点滴が終わってからトイレてめまいがして倒れそうになって、処置室に駆け込んだことを思い出して話したりしました。トイレで倒れそうになったら、呼び出しボタンを押して助けを呼べばいいのに、頭を低くして走って処置室に行ったのです。必死になってしまって状況判断できていなかったんです。そんなことも笑って思い出話できる今となりました。
院内の乳がん患者会の会報で、次回は処置室を取材するとお話ししました。会報を作ったら、お送りすると約束して、お別れしました。3月、4月は異動の時期ですね。

入院のとき、同室だった方々のお見舞いに行くことになっていたので、食堂でお昼をいただいてから、病室の方に移動しようとエレベーターホールで待っていましたら、ちょうどその同室の人が洗濯ものを取りに来ていたところに遭遇しました。
いっしょに病室に行きました。病室のもう一人の方もいっしょに3人で、談話室でおしゃべりしました。私が来るのを待っていてくれたそうです。

この3ショットで会することももうないなと思うと、いっしょに写真を撮ってもらいたくなりました。看護師さんにお願いして、3人の記念撮影をしてもらいました。後日プリントして郵送すると約束して、帰りました。

診察の日、いろんな人とお会いして、たくさんお話しして、心がさまざまな思いでいっぱいになりました。


mukudori21 at 23:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0)むくどりの治療記録 

2013年03月07日

退院の日とその後

3月6日
術後の経過もよく、退院の日、昼間は外出して預けていた車を取りにいきました。
夜は病院に戻り、夕食をいただきました。
その後、退院しました。車を自分で運転して、無事帰宅しました。

翌日の朝、母が倒れて一時的に意識がなくなったので、救急車を呼び病院に搬送してもらいました。
幸い、脳などには異常がなく、腸炎で下痢になっているようだということでした。薬を処方してもらい帰宅しました。

退院していきなりだったのでびっくりしましたが、私がいるときでよかったとも思いました。私が入院していたことで、やはり何か負担になっていたのでしょうか。




mukudori21 at 23:18|PermalinkComments(0)TrackBack(0)むくどりの治療記録 

2013年03月06日

バストバンドしてみました & 本日退院します

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バストバンドをしてみました。
術後のシリコンバッグを安定させる目的で装着するものです。主治医がバストバンドの装着を勧めてくれていましたので、森之宮病院の売店であらかじめ購入しておりました。
キャミソールの上からゆるく巻いてみました。マジックテープでとめる形式です。なるべく上の方に装着するようにと主治医から説明いただきました。














Design Veronique <http://www.designveronique.com/> の製品です。





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術後の経過もよく、昨日は多少の発赤があったものの、今日は少し赤みが引いてきているので、本日退院の運びとなりました。

mukudori21 at 11:12|PermalinkComments(5)TrackBack(0)むくどりの治療記録 | 乳癌のアイテム

2013年03月05日

乳がん術後二期再建 インプラント入替手術

 3月4日月曜日、ティッシュエキスパンダー(組織拡張器)からインプラントに入れ替える手術をしました。
 1年前の2012年2月に、右全摘&同時再建手術をして、生理食塩水入りのティッシュエキスパンダーを配置してもらいました。あれから約1年、仕事も一段落するこの時期に手術を予定しておりました。
 予定通り、コヒーシブシリコンのインプラントに入れ替える手術をしてもらいました。

 血管が細いそうで、なかなか、ルートの針を指す場所が決まりませんでしたが、右腕の外側をホットパックで温めると、血管が出てきました。結構太い針ですが、無事確保できました。
 午前10時半ごろに手術室前に行き、手術は11時から開始されました。
 全身麻酔で、マスクからの気体と、腕からの注射でした。腕から麻酔薬が入るときにぴりぴりしますと言われましたが、ぜんぜんぴりぴりしませんでした。天井がぐにゃっと曲がったように見え、「きたー」という言葉とともに意識がなくなりました。
 次に目覚めたときには、名前を呼ばれていました。正午前でした。主治医の先生が病室まで付き添ってくださいました。

 術後は痛みもなく、快調です。しかし、例によって気管内挿管にのどをやられ、唇が切れていました。のどが細いのだそうです。術後、たんがからんで苦しかったのですが、去年のようにたんをとることに一生懸命になるとよけいにのどが傷むと思ったので、放置しました。その方がよかったようです。痛みはありますが、かなりましになってきました。

 夜8時ごろ、うつうつしていて夢を見ました。左肩から血が噴き出して、ぼたぼたと音を鳴らして落ちてきました。ナースコールのボタンを押しますが、誰も来てくれません。亡くなった祖母が「○○ちゃんか」と言ってカーテンの向こうに現れました。左半身が動かなくなって、助けてーと声にならない声を出して唸っていましたら、同室の人の声が聞こえてきて、目が覚めました。同室の人が心配して様子を見に行こうとしているところでした。部屋の中はちょっとした騒ぎになっていました。目が覚めたとき、ナースコールのボタンは握っていましたが、押してませんでした。
 ものすごい悪夢でした。死んだと思ったので、夢だとわかったときは、助かったと思いました。

 翌朝は普通に朝ご飯が出てきましたが、のどが痛いのでおかゆに変えてもらいました。じゃこは硬いのでせきが出て食べられませんでした。
 一晩、点滴を続け、翌朝には血管の針や尿管のチューブも抜去し、身体を清拭、着替えもしてもらい、歩けるようになりました。歯を磨いてすっきりしました。

 主治医が、朝から様子を見に来てくれまして、退院はいつでもよいと言ってくださいました。飛び跳ねたりしないようにということでした。バストバンドの着用を勧められていましたので、用意してあります。どうやって着用するのか聞いてなかったので、次回来られたときに聞くことを忘れないようにしようと思います。



mukudori21 at 14:46|PermalinkComments(0)TrackBack(0)むくどりの治療記録 

2013年03月03日

講演会:がんとは何か、どう向き合って生きるか

2013年3月3日(日)13時30分〜15時
和歌山県立図書館 メディア・アート・ホール(2階)
がんとは何か、どう向き合って生きるか
講師 谷野裕一氏
入場無料・申し込み不要
主催 和歌山県立図書館

連日、講演会に参加しました。

谷野先生は今年の1月から北里大学病院に勤務されています。北里大学は「グローバル臨床研究拠点」に選定された2病院のひとつだそうです。今後、がんの臨床試験に力を入れていきたいと谷野先生はおっしゃっていました。

(要約)
がんとは何か
 おばけは見えないし、何かわからないから怖いと思うので、がんもわからないから怖いと感じます。だから、がんとはどういうものかをわかれば怖さも軽減されるでしょう。
 2015年には、がん体験者の数は530万人になると推定されています。20人にひとりががん体験者となります。
 がんには、腺がんあります。腺がんは胃腺、腸腺、乳腺など、外界につながっている上皮性組織から発生します。それ以外の骨や脂肪のがんは肉腫といいます。
 がんは、治る場合と治らない場合があります。治ってもまたがんになることもあります。たとえがんが治っても他の病気で亡くなります。

どう向き合って生きるか
 治るか治らないか聞きたいですか?との問いに、多くの人が聞きたいと答えます。抗がん剤が生きる希望の頼みの綱であれば、効かなくなると絶望ということになってしまいます。生きる希望とは何なのか、考える必要があります。生きる希望とは、納得することだと思います。
 医師が提供する情報と患者が得られる情報にギャップがあると納得できません。医師が選んでくれる安心感(パターナリズム)と自分たちで選ぶ納得(インフォームドコンセント)のバランスが必要です。
 人生の目的ができるだけ長く生きることなのか、よりよい生活を送ることなのかにより、ラストレジメンの選択が影響を受けます。苦しくても長く生きるために抗がん剤を続けるのか、抗がん剤をやめる決断が必要となる時があります。
 がんとの向き合い方について、考えておくことが必要です。人生の目的は、できるだけ長く生きることなのか、ひとりで考えられることではないかもしれません。今は答えが出なくてもよいと思います。

(感想)
 納得できるような医療を受ける環境はかなり整いつつあります。後は自分が納得できるようにするため、がんとの向き合い方を考えておくことですね。でも、そのときの状況によってどういう選択をするかは変わってくると思います。人生が終わることの不安を乗り越えていくのは難しいと感じます。



mukudori21 at 21:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0)イベント参加報告 

2013年03月02日

講演会:がんサバイバーシップ〜自分らしくいきるとは〜

2013年3月2日(土)13時30分〜15時
和歌山県立医科大学附属病院 4階 臨床講堂
がんサバイバーシップ〜自分らしくいきるとは〜
講師 桜井なおみ氏

参加費無料
(申込み・お問い合わせ)
 和歌山県立医科大学附属病院 地域連携室 073-441-0778

(講演要約)
サバイバー(Survivor)とは、がんと診断された時から死ぬまでの期間を生きる人です。
サバイバーシップ(Cancer Survivorship)とは、いかにその人らしく生き抜くかを重視した思想です。5年生存率、治療効果、生存期間などの向上などを目指す医療とは違う考え方であると言えます。
最近はサバイバーシップの考え方が重視されつつあり、海外の学会でもテーマになっているそうです。
医学が進歩し、医療取り巻く環境がよくなって、生存率が年々向上しています。治療と仕事を両立させる必要が出てきました。
海外では、仕事上のことで、がんであることを理由に差別してはいけないという決まりがあるそうです。
しかし、日本ではがん患者が職場に病気のことを言いづらい環境があり、仕事での差別が存在しますから、まだまだ遅れています。
治療と仕事の両立に向けた社会モデルの構築が検討されています。
今後は、例えば「子育て支援事業」の子育てを「治療」に置き換えた施策に広げていくことも検討されるべきです。

患者としては、今ある制度について、
どう生きたいのかを第一に制度を活用していくことがよいです。
 情報を整理
 利用できる制度を確認
 今後の見通しを把握(あまり長くなくても見えるところまで)
 会社へ伝える範囲を決める

(質疑)
高額療養費制度などを有り難く活用させてもらっていますが、制度を利用するためにいろいろ工夫をしたりしています。
(応答)
コストカットならぬ、コストクリエイトというのはあります。
制度を変えるには時間がかかるけれども、自分とその周りから声を上げて変えていくことはできます。
治療費で困ったこと、情報などを知人、友人にお話しすることで体験を役立ててもらい、情報共有できます。
(感想)
がん患者も働き手として頼りになると思ってもらえるような、差別や偏見のない社会で、生きがいを持って働ければ理想的です。制度も人の心もまだまだその域には行かないでしょうが、少しずつ輪を広げていきたいと思います。




翌日はこの講演会に参加

2013年3月3日(日)13時30分〜15時
和歌山県立図書館 メディア・アート・ホール(2階)
がんとは何か、どう向き合って生きるか
講師 谷野裕一氏
入場無料・申し込み不要
主催 和歌山県立図書館

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